「……で?  なんで牢屋に入れられなきゃならないわけ?」
「すみません。まだあなたがたを信用するわけにはいかないんです」
  下級兵士はそう言って、牢のカギをしめた。
「まさか、ずっとこのまま、なんて言わないよな?」
「はぁ、たぶん…」
  たぶん…。
「…ちょっと、冗談じゃないわよ。ああ言ったからには、ちゃんとスジは通してもらわないと。もし、
昼を過ぎても、私たちをここに閉じ込めるようなら、それなりの覚悟はしてもらいますからね。そう伝
えてちょうだい」
「は、はい…」
  エルヴィラの気迫におされ、言われるままにうなずくとここから出て行った。
「あーあ…。今度は牢屋かい…」
  どさっと仰向けに寝っ転がり、カノープスは目をつぶる。
「…仕方ないわ…。…………それよりカノープス」
「あん?」
  目をつぶったまま、カノープスは返事だけをする。
「一人でそんなに場所とらないでよ。私だって寝るんだから」
「あ?  ああ…」
「それから」
  カノープスがずれて、少し離れたところで寝っ転がろうとしながら付け加える。
「あん?」
「…こっちこないでね」
「…………………」
  カノープス自身忘れていたが、さっき手を出そうとしていたのである。
  あのまま地震がなかったら本気でヤバかった。
「おやすみ」
「あ、ああ…」
  薄暗い明かりが牢屋を照らす。お互いの顔はよく見えないが、寒くはなかった。

「起きてください!  フォーゲル様が会うとの事です」
  カギをガチャッと開ける音がして、牢番の兵士が牢の外で二人を起こす。
「ん…、ん〜」
「ふわぁぁ…」
  あくびやのびをしながら、二人はむっくり起き上がる。
「それから、身なりを整えてください。いくらなんでも、その格好でフォーゲル様に会うのは失礼にな
りますから」
  確かに、エルヴィラは寝間着のままなのである。本人が気にしなくとも、周囲が気になるのだろう。
「わかったわ…」
  牢を出てすく官女が一人、そこにいた。
「さ、あなたはこちらに」
  エルヴィラは官女に手をひかれるままに連れていかれた」
「あなたも。せめてお風呂に入って、きれいなズボンに履き替えてください。礼服を着ろとまでは言い
ませんから」
「…やっぱ、このズボン埃っぽいか?」
「当たり前です!」

  2、3日ぶりの風呂である。
「…あなた、どこでこんな傷をつくったの…?」
  官女が怪訝そうに、エルヴィラの背中の傷をそっとなぞる。
  ここは女性浴場。官女に背中を流してもらっている最中であった。
「…戦よ。戦でしか、こんな傷できないわ」
「戦って…。こんなにキレイな肌なのに…。それに…」
  あなた自身もそんなに美しいのに…。
「仕方がないもの。戦をして、無傷でいられるなんて皆無に等しいもの…。さ、そこのセッケンをとっ
てちょうだい」
「は、はい…」

「えー!?  ちょっ、こ、これを着るのぉ!?」
「なに言ってるんですか。淑女のたしなみですわよ!」
「淑女のたしなみって…。普通ので良いよぉ!  兵士服でも良いから!」
「ダメです!  そんな格好でフォーゲル様の前に出るなんて、無礼千万!」
  エルヴィラが着るのをしぶっているのは、シンプルであるが、立派なドレスである。
  仕方なくドレスを着ると、今度は化粧品をかまえたかまえた官女がいた。
「さ、ジッとしててください」
「い、いいってば!  お化粧なんていい!  ガラじゃないんだから!」
「なに言ってるんですか!  さあ、ジッとして!  ルージュがずれたらとてつもなく不格好なんですか
らねっ!」
  ドスン、バタン!  と派手な音がして、女の高い悲鳴がキャーキャーと聞こえる。
「……あっちは何をやってるんだ…?」
「さあ?」
  こちらは、選択した普通の兵士用のスボンをあてがわれたカノープス。

「ほらっ!  ちゃんとすれば、こんなにキレイになるんですよ!」
  鏡をバン!  と目の前の突き出された。しかし、ナルシストじゃあるまいし、自分の容姿の事をキレ
イだの美しいだのとは自分の口から言えるものではない。
「ちょ、ちょっと…。これじゃ、髪形も違うし、前とだいぶ違うじゃない…」
  エルヴィラは薄く化粧をさせられ、アクセサリーもつけられ、髪を高く結い上げられていた。
「あら、こっちの方にしたほうが見映えが良いのよ」
  見映えどうこうの問題ではなく、フォーゲルに会って、自分があのエルヴィラである事を認知しても
らうために行くというのに…。
  エルヴィラはため息をついた。

「……………………………」
  カノープスはだらしなく口をあけ、目の前の良い女を見ていた。彼の後ろや横にいる兵士たちも、彼
女に視線が釘付けになっている。
「…な、なに、見てんのよ…」
「……おまえ…、おまえ、本ッ当にエルヴィラなのか?」
「そーよっ!」
  ぶっきらぼうに返事をして、ツンとそっぽを向く。
「ホラ、フォーゲルの所に行くんでしょっ!」
「…あっ!  あ、ああ、ああ…」
  兵士長はハッと我にかえった。

  フォーゲルは龍の頭をしている。元からそうだったわけではない。呪いにより、その姿となった。
  いつになったら、この呪いが解けるというのだろうか。
「で?  エルヴィラと名乗るその者がこちらに来るのだな?」
「はっ。もし違っていたら自分を殺しても良いと申しておりますゆえ、そこまでの自信、まさかとは思
いますが…」
「フム…。ま、ともかく早く通せ。偽物だったら追放、本物だったら、一緒に酒でも飲みたいな…」
「はっ」

「……………………………」
  フォーゲルはその龍の顎をだらしなく下げて、かなり間抜けた面構えになっていた。
「な、なによぉ…」
「お、おまえ、本当に、あのエルヴィラなのか…?」
  信じられないような口調で、椅子から立ち上がり、エルヴィラに近付く。
  兵士たちがチャッと剣の柄を手にとる。
「なっ!?  フォーゲル!  女って化けるもんだろぉっ!?」
  カノープスがやや興奮して、フォーゲルの肩をばんばんたたいた。
「無礼者っ!」
  鋭く一括する騎士団の一人をフォーゲルは手で制した。
「…まったく…。カノープスの言うとおりだな…。しかし…。ここまでの女だったとはなぁ…。スルス
トの目は確かだったんだなー」
「…どーいう意味なのよ、それ…」
「あ、いや…。ま、まあ、なんだ。ともかく、酒でもだな、飲みながここまでのいきさつを聞かせては
くれんか?  おい!  酒宴の用意を!」
「え?  あ、あの…。やっぱりあのエルヴィラ様なので…?」
「んー?  ああ、そうだ。そのエルヴィラだ。ホラ、早く用意をしてくれ」
「は、ははあっ!  た、ただちにっ!」
  従者たちはあわてふためいて、酒宴の用意を始めた。
「でも、朝からお酒なんて…」
  エルヴィラがやや顔をしかめた。
「まあ、いいじゃねぇか。ちょっと豪華な朝飯だと思えば。はら減ってるんじゃないか?」
「そりゃ、おなかはとってもすいてるんだけど…」
  昨日、一昨日と、ロクなものを食べていないのだから。
  やがて宴の席ができあがり、二人は食卓に招待された。あまり豪華というイメージはないが、もてな
しの意は感じられる。
「で?  なんだっておまえたちはここまで来たんだ?  ここに来たって事は、あれも持ってるんだろ?」
「うん…」
  エルヴィラはカノープスを見る。カノープスは鞘におさめたブリュンヒルドをちょっとフォーゲルに
見せた。
「いやさ、話せば長いんだけど…」
「話せよ。時間はたっぷりあるんだ」
  エルヴィラのグラスにワインをつぎながら、フォーゲルは話をうながした。

「へー…。それはまた、色んな事が重なったんだな」
「本当、偶然ってあるものなのね。ものすごく実感しちゃった」
  あまり、ばかばかと食べてるように見えないのだが、彼女はかなりの量をたいらげている。ただ、隣
のカノープスが食欲に任せるままに食べているので、余計に比較してしまうのであろう。
「たぶん、そこの廃墟はハヴィレンドだな」
「ハヴィレンド?」
「ああ。俺が、シグルドに行く時につかったカオスゲートもそこのヤツだ。あそこは、実はブリュンヒ
ルドが無くてもここに来れる場所だったんだよ」
「へー…。あ、でも、普通の人間では行けなかった場所なんじゃない?  バルタンたちの住居だったみ
たいだけど…」
「まあ、確かに普通の人間だけでは、行けなかったけどな。俺はワイバーンに乗ってそこに行ったんだ」
「あ、そっか………」
  その手があったと思って、エルヴィラは一瞬恥ずかしく思った。
「あそこがどうして人が住めなくなっていったかは知らないけどな。と、いうのも、気づいたらみんな
いなくなってたんでな。いつだったかなぁ、ブリュンヒルドがなくても天空の島に来れるのはマズイと
いうんで、聖なる父がカオスゲートを町ごと埋める事を決めたんだ。どうせ誰もいないしね。で、地中
の奥深くに埋めたんだ」
「へー…。…あれ?  でも、私たち、ブリュンヒルドを使ってここに来たのよ」
「ブリュンヒルドがなくても、来れるというヤツだ。特定の呪文か、ブリュンヒルドで開くんだ、あそ
このやつは。だから、特定の呪文でなければ、ブリュンヒルドで開くんだ」
「ふーん…」
  神秘的に思えた古代の廃墟も、こうしてちょっとした昔話みたいに話されるとその神秘性が色あせて
しまったように思えて、エルヴィラはほんの少し残念だった。

「あ〜、食った食った…」
  満足そうに腹をさすり、カノープスは最後のワインを飲み干した。
「よく食べたな。さすがだよ」
  苦笑しながら(彼がそれをやると、けっこう怖い)フォーゲルはカノープスを見た。
「いや、ここんところロクなもん食べてなかったからな。配給食もあんまし美味くねえし」
  彼はあまり美味くないと言ったが、かなりまずいのは、話に聞いている。
「トリスタンに言えば良いじゃない」
「メシがマズイからどうにかしろって?  そんな事言えるかよ。まるでワガママ言ってるみてーで大人
気なくってよー」
「言いじゃない。あなたが大人気ないのはトリスタンも知ってるんだから」
「なんだとぉ!?」
「ムキにならないでよ。冗談よ」
「なんだよ、それ」
  しれっと言い、エルヴィラはデザートを口に運ぶ。
  そんな二人を、竜の顔の男は目を細めてながめた。
  もう2度と会えなかろうと思っていた英雄と、もう一度会う事ができた。あのときのような殺伐感が
なく、随分穏やかな雰囲気になっている。
  前より平和になったのだろう。


「じゃあ、もう二度と会う事もないだろうが、元気でやれよ!」
「ええ!  ありがとう!」
「すまねぇな!」
  二人はそろって手をふる。とびきりの笑顔をエルヴィラが見せたあと、二人はこのシグルドから去っ
て行った。
「……勇者エルヴィラ…か……」
  小さくつぶやいて、フォーゲルはその場所を眺めていた。

「ゼノビアまでどれくらいかかりそう?」
「さあな…。でも、ほら見ろよ。ディアスポラだぜ、あそこ」
「あ、本当だー。じゃあ、もうちょっとかかるね」
「そうだな」
  カノープスはエルヴィラを抱き上げ、ゼノビアを目指して飛んでいる最中だ。
「今頃大騒ぎしてるかなぁ…」
「してるんじゃないか?  きっと俺達探してるぜ。なんたってブリュンヒルドも持ってるからな」
  エルヴィラは自分の胸にある剣にちょっと目をやる。
  下界の景色が移ろい、流れて行く。
  目的地に着けば、もう彼女を抱いて飛ぶ事もないのではと思う。飛んで移動するなら、彼女愛用のグ
リフォンがいるから、それに乗る事だろうし。この前はさすがにそんなヒマはなかったが。
  それに、こんなに強く抱き締めて何も言われないのも、たぶん今日だけだろう。
「翼が痛むなら、無理しなくて良いからね」
  こんなにも可愛い顔で、優しい言葉をかけてくれるのも。
「ああ」
  本当はもうたいして痛くないのだけど。もっと早く飛べるのだけど。
  カノープスはゆっくりとゼノビア目指して、風に乗って飛んでいた。

                                                                 END...