「二人とも! ……何してるんだい」
 二人のすぐそばに来てチハヤが少し声を張り上げると、彼の存在に気がつかなかった二
人は揃って驚いた。
「ぱ、ぱぱ? …お、おかえりなさい…」
「お、おじさん……こ、こんにちは……」
「…こんばんは。……一体、どうしたの?」
 微妙に挨拶を訂正して、チハヤは呆れたように二人を見下ろす。思わず、二人は気まず
げに顔を見合わせた。
「あ、あの、母ちゃんに頼まれて、カマ、持って来たんです」
「ああ、あれか。…うん…まあ、それはわかった…。けど、二人で言い合いしてるのはど
ういうこと?」
 チハヤの語調は淡々として責めている素振りはないのだが、気まずい二人にとってはな
んだかずけずけと心に突き刺さる言葉に聞こえる。
「…その……、キャシーおばさんからクッキーもらって、二人で食べてたら遅くなって。
でも、こんな暗い中、ロイ一人じゃ危険だと思って、私がタマちゃんと送るよって行った
ら、ロイ、やめろって言い出して」
「当たり前だろ! おまえ子供なんだからこんな暗い中一人で帰るって本気か!?」
「あんたと同い年よ、私は! そういうロイだって子供じゃない!」
「なんだと!」
「二人とも落ち着いて」
 ついついいきり立ちそうになるロイに、チハヤが冷静な声をかけた。
「…まあ、全部はわからないけど、とりあえず言い合いの理由はわかった。……それじゃ、
こうしようか。みんなで鍛冶屋に行こう」
 酒場勤めの後で疲れているし、疲れて帰って来た時に子供達のケンカなんぞ前にした時
はさらに疲れるのではあるが。二人がお互いを心配しているのがわかるし、その気持ちを
無下にもできないだろう。
「え? だって、そしたらライラが一人で……」
「だから、僕も行く。それなら危ない事はないと思うけど?」
「あ、そっか……」
 毒気が抜かれたように力が抜けるロイに、チハヤは軽く微笑んで見せた。

 みんなの吐く息が白い。空気は澄んでいるが、肌を刺すように冷たい。
 チハヤが先頭に立ってランプを持ち、それに子供二人と大きな犬が続く。
「家の中にいるとわかんないけど、やっぱり夜は寒いね」
「そうだな」
 コートにマフラーに耳当てと防寒対策バッチリのライラと、それに比べるとコート一枚
のロイはなんだか寒そうに見える。
 鍛冶屋は鉱山地区にあるので山を登らないといけない。こんな時間に、しかも仕事後な
どに山登りなどしたくないチハヤの本音だが、子供達を見ているとそうも言ってられなく
なる。
 ライラも時々妙に頑固だから、やると言ったら聞かない時がある。さっきなんかまさに
そうで、これは本気で犬と一緒にロイを送るつもりだっただろう。ロイが心配するのもも
っともなのだ。山は登るし川は吊り橋で渡るし、外は寒いし暗いしで、とてもじゃないが
チハヤはこんな中ライラが一人(と一匹)で鍛冶屋から歩いてくるなど賛成できない。
 そうなったら、大人が出るしかないではないか。
 子供達に気づかれないようにこっそりため息を吐き出して、チハヤは遠い星空を見上げ
た。
 ロイが自宅にいた理由を聞いて、チハヤは複雑な気分にさせられる。
 娘は、一人で留守番は寂しかろうとか、大変だろうとかそういうロイの気持ちと行動が
嬉しかったんだと思う。だから、送ると言って聞かなかったんだろうけど、ライラの父親
としてロイがどうしてそういう行動をしだしたかと勘ぐると、素直に娘を心配してくれて
有り難うとは思えない。
 そりゃあ、どこの家だって自分とこの子供が一番に決まってる。ジュリは自分とこの娘
が一番美少女だと宣ってはばかりないが、チハヤだってその想いに負けるつもりはない。
 まだライラは小さいのにそんなことを気にしてどうするの。
 いつだったか、嫁に諫められた言葉。
 小さくたって我が家のお姫様である。ヘンな虫がつきそうになって心配してどこか良く
ないのかと。
 ロイがどうこうという問題ではなく、ライラの周りに男がいるというのがもう、なんと
いうか。これを大人げない感情というのか、それはチハヤにはわからないけれど。
「星がきれいだねー」
「なんか星座とかって、授業でやったっけか?」
「やったじゃない。ほら、夜に教会前にみんなで集まったじゃない」
「あー、あれかー」
 子供達は他愛のない会話をしながら、自分について来る。子供が可愛いなんて感情、娘
が生まれるまでよくわからなかったけど。
 ふと、鍛冶屋の前に誰かが立っているのが見えた。
「ん?」
「あ! 母ちゃん!」
 なかなか帰ってこない息子を心配したかキャシーが寒空の下、身を縮こませながら立っ
て待っているではないか。
「ああ、チハヤが送ってくれたのか」
 キャシーは息子だけでなくチハヤの姿を認めると、ほっと顔をゆるませた。
「悪いねー。仕事の後に送らせちゃってさー」
 小走りで自分に飛び込んできたロイの頭をぐいっと押して、キャシーはチハヤに礼を言
う。
「ごめん。母ちゃん。遅れた」
「ったくぅ。遅くなるなって言ったじゃないか」
 しかし、キャシーはあまり怒っていないようで、息子の両頬をぐいぐいと引っ張るのみ
で、許してやるつもりらしかった。
「あの、クッキー有り難うございました」
「あれ、ライラちゃん。来てたの!」
 暗いのと、チハヤの影になっていたのでわからなかったが、キャシーはライラの存在に
目を丸くさせる。
「ロイに牧場の仕事手伝ってもらって、遅くなっちゃって。ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げるライラを見つめていたキャシーは、それから自分のすぐ近くにいる
ロイを見下ろして、急に吹き出した。
「ぷっ! あっはっはっはっはっ! いいのいいの! こんなので良ければコキ使っちゃ
ってさあ。ウチのロイ坊はちょっとは役にたったかい?」
 ばしばしと息子の頭を叩いて、何にウケているのか、キャシーは笑いが止まりそうにな
いらしい。
「な、なんだよ母ちゃんキモチワルイなあ…」
 突然笑い出す母親にわけがわからなくて、ロイは眉をしかめる。
「いやー。あんたんとこのライラちゃん、可愛くって働き者で良い子だねー」
「僕はどこにも嫁にやるつもりはないからね」
 思わず仏頂面でチハヤがぼそっとそう言うと、キャシーはさらにウケたらしく、チハヤ
の肩をばんばん叩いて一人で笑っている。
「そんなこと言ってぇ。ヒカリの娘だから、年頃になると大変なんじゃない?」
「だから僕は今から心配してるんだよ」
「で、あんたみたいなのにかすめ取られていくと」
「んぐっ…」
 そういうツッコミをされてはチハヤも非常に反論しにくい。
「はははっ…。でも、ありがとね。こんな中、ロイが一人で帰ってくるのは心配だったん
だ。あんたに送ってもらえて助かったよ」
 反論できないままに礼を言われて、チハヤはどう言えば良いのかわからなくなり、とり
あえず黙り込んだ。
 そして、ため息をつく。
「ライラが送るって言い出して聞かなかったんだよ。犬と一緒だから大丈夫だとか言うし
……。僕が出ないわけにはいかないだろ?」
「そっか。有り難う。ライラちゃん。助かったよ」
「え? は、はあ……………ん?」
 何に対して礼を言われたのか把握できなかったライラは、とりあえず頷いてから、首を
かしげた。
「さ、寒いからライラちゃんも帰りな。本当、ありがとね。気をつけて帰りなよー」
「ああ。じゃ、帰ろうかライラ」
「うん!」
 父親に呼びかけられて、満面の笑みを浮かべるとライラは手袋をした手でチハヤの手を
つかむ。
「じゃあな!」
「ばいばーい」
 両手を添えて声をかけるロイに手を振って、ライラはチハヤと手をつないで帰って行く。
その後ろについていく犬の後ろ姿もしばらく見送っていたキャシーとロイだが、そのうち
寒いと言い出して鍛冶屋へと飛び込んだ。

 なんだか上機嫌で自分の手をつかむ娘を見下ろして、この寒さの中でもチハヤの気持ち
は暖かくなってくる。
「ね、パパ。冬の星ってきれいよねえ」
「そうだねえ」
 そういえば、婚前に嫁と星を見に行った日を思い出す。あの日もとにかく寒かった。あ
の日は自分らしくなく、流れ星に願掛けなどしてしまったような気がする。
 思えば、あれから自分も随分変わったものだと思う。
 …まあ、結婚して子供ができて変わる事は、人間としてそんなに珍しい事ではないのか
もしれないけれど。
 子供は、まあ可愛いとは思うけど煩わしそうだ…とか思っていて、それは確かに事実で
はあったけど煩わしさ以上の可愛さがあるなど想像していなかった。顔を見てるだけなの
に、こんなにも気持ちが安らぐなど思ってもみなかった。
「あ。そうそう、昼にママさんから電話があってね。おばあちゃんだいぶ元気になったん
だって。で、明日にはあっち出るってさ」
 帰ったら真っ先に言おうと思っていたのだが、こんな事になっていたので今まで忘れて
いた。昼間、嫁から電話があって帰りにメドが立っていなかった帰省だったが、それも終
わるらしい。
「! じゃあ、ママ帰ってくるの!?」
「帰ってくるよ。…まあ、おじいちゃんちは遠いから、時間はかかると思うけど」
「そっか……。そっかあ。ママ、帰ってくるのね」
 母親がいなくてとても心細かったと思う。お姉ちゃんだといっても子供は子供。ライラ
は顔を輝かせて、チハヤの手をぎゅっと握りしめた。
「ママさんとリオンが帰って来る日は、一緒にご馳走つくろうか? 船旅で疲れてるだろ
うから、元気が出そうなの」
「うん! つくる!」
 ぴょこっとつないでない方の手を挙げて、ライラはにこにこ笑っている。
「……ふふ……ふふふー……。ママ、帰ってくるんだぁ…」
 夜はしずみがちになっていたライラの表情がとても明るくなった。
 昼は学校があるから、不機嫌になる事で心細さをなんとかごまかしていたけど、夜にな
ってチハヤの寝床に泣きながら潜り込んできた事もあった。怖い夢を見たと言っていたけ
ど、可愛らしいと思う反面、こんな小さな子に我慢させて申し訳なくも思った。
 嫁にだって事情があるから、仕方がない事なのだけれど。
 それがライラもわかっているから、我慢してくれたのだと思う。
 弟はある種素直だが、姉のライラは聞き分けが良くて聞き分けよく我慢してくれる事が
多く、有り難く思いつつ、ついつい頼ってしまいすまないと思っているのだが。
 大人しいけれど、素晴らしい我が家のお姫様。
 …やっぱり嫁になんか出せるわけないだろう!
 思わずライラの手をぎゅっと握りしめて、チハヤは心の中で叫んだ。
 親バカだろうがなんだろうが、可愛いものは可愛い。
 …と、思うものの、心のどこかでこんな事を言ったらまた嫁に諫められるんだろうなと
いう予感もしているけれど。
 愛妻も愛息子もやがて帰ってくるだろう。
 さて、彼らにどんな料理を食べてもらおうか。
 それを考えるだけでも、チハヤの足取りも軽くなる。
「ね、ね、パパ。どんなご馳走つくるの? 私、何すれば良い?」
「えー? うーん…そうだなあ……」
 娘も考えていた事は一緒らしい。チハヤは娘と手をつなぎながら、自宅へと向けてゆっ
くりと歩いていた。


                                                                      END






















ロイとチハヤ娘というまたなんとも微妙な組み合わせ。二人ともちっこいのでカップリン
グにはしませんが。
なんとなく親バカっぽくも父親しているチハヤが書きたかった感じでしょうか。
長女の性格は「おとなしい」ですが。親に対しては敬語使ってんですよね。
余談ですが、ヒカリの両親はタケルっぽい人とリーナっぽい人って、設定です。二週目な
ので、ヒカリのステータスはレベル5だよ! とかなんとか。