ほんのちょっとしたサプライズイベントに、心づくしのご馳走を食べ、気分も盛り上が
り、チハヤの頭の中は、つまりそういう事で一杯になっていた。
 風呂を済ませ、あとは寝るだけであり、夫婦の寝室に二人はいた。
「ヒカリ」
 普段の彼からは想像もつかない程の甘い声で名を呼んで、チハヤはぎゅうっとばかりに
妻を抱きしめた。娘だからこそ、その存在がちょっと邪魔になる一時を過ごそうと、その
手始めのスキンシップ。
「…じゃあ、ボクはライラちゃんのところに行ってるの」
 気を利かせたような、そんな声が聞こえてきたのはその時だ。腕の中のヒカリが頭をこ
くんと頷かせる。
「!?」
 今の声、そして反応したかのようなヒカリの頷きに、チハヤは動揺した。
「……パパさん?」
「……え、いや……え?」
 さっきの声を聞こえていたのか、それともただの偶然だったのか。ヒカリは動揺してい
るチハヤをきょとんとした顔を見上げている。
「…どうしたの?」
「えっ……と、どうしたのって…いうか……、え、うん……」
 なんなんだあの声はと考えようとしたが、チハヤは思い直したように首を振った。今は、
今は怪しい声など放っておけと心の声が告げている。
 これだけ気持ちが盛り上がっているのだから、今はともかく……。
 もう一度仕切り直そうと、チハヤが抱きしめ直そうとしたその時。
「ヒカリ〜! 大変なの〜! ライラちゃん、熱があるみたいなの〜!」
「!」
 間違いなく、さっきの怪しい声がして、その内容に二人は思わずハッとなって顔をあげ
る。
「パパさんごめん!」
「っていうか、熱があるなら、大変だろ!」
 ゆるめられた腕の中からヒカリが飛び出し、チハヤも娘を寝かしつけている部屋へと駆
けだした。
「え?」
 戸惑うヒカリの声を無視して、チハヤは娘がいる部屋へ飛び込む。部屋の灯りのスイッ
チをつけて、ベビーベッドの前に急いだ。
 見ると、娘が火照った顔で苦しそうな呼吸を繰り返している。真剣な顔でチハヤは娘の
額にそっと手を乗せる。
「パパさん! 体温計」
「うん」
 ヒカリが体温計を持って部屋に飛び込んできた。

 結局、この日は娘の看病で夜が明けて、チハヤが期待していたような夜にはならなかっ
た。

「大丈夫。ただの風邪だよ。赤ん坊が熱を出すのはよくある事さ。…あんた達も初めての
子供だから仕方ないだろうけど、今からそんなに慌ててどうするんだい」
 朝一番にクリニックに電話して、医師のインヤに往診してもらった後。娘の病状を診て
もらった後、二人は彼女にそんな事を言われてしまった。
「す、すみません……」
「まあ、そうやってみんな親になっていくものさ。ともかく、あんた達も忙しいだろうけ
ど、今日はできるだけこの子についていておやり」
「はい…」
 随分慌てて電話した手前、気恥ずかしくなってしまった二人は赤らめた顔で頭を下げる。
「それじゃ、私は帰るよ」
「あ、有り難うございました」
 インヤを玄関まで見送って、彼女が出て行った後。二人はなんだかごまかしたような苦
笑い顔で、お互いを見合った。
「インヤさんに叱られちゃったね…」
「うん。でも、ライラちゃんに大事がなくて良かったよ」
「そうだね」
 それには心底同意するようで、ヒカリの笑顔にも安堵の色が広がっている。
「午前中は僕がライラちゃんをみてるよ。午後は君の方が空いてるだろ?」
「うん。お願いする」
 しゃべりながら、二人は娘がいる部屋まで歩いて行く。二人の仕事の時間が重なりがな
くて、この時ばかりは良かったと思った。
 ドアを開けて、ベビーベッドまで赴くと、チハヤは愛しい娘の額に自分の額をくっつけ
る。赤ん坊はいつも体温が高いからと油断していた。
 ミルクくさい娘が、本当に愛おしかった。
 抱き上げたかったけど、娘にとってはそれは負担だろうと思いとどめて、軽く額に口づ
けて顔を上げる。
 ふっとため息をついたその時。
「ライラちゃんは大丈夫ってお医者様も言ってたの。だから、安心してーなの!」
 元気づけるような必死な声が聞こえてその方向に顔を向けて、チハヤは目を見開いた。

 羽の生えたオレンジ色の帽子の小人が、ヒラヒラとそこを飛んでいた。

 思わず掴もうと手をのばすと、その物体は驚いたようにその手を避けて飛び上がる。
「わあっ!?」
「え?」
 ヒカリは明らかにその声に反応して、その飛ぶ小人の方に顔を向けた。
 ちょっと待て。ヒカリの今の反応は、この声が聞こえている事を表しているのではない
か。
「……パパさん……。フィンが見えるの?」
「……え?」
 今度はチハヤが間抜けた声をあげる番だった。
「見えるって……え? ヒカリは、コレが最初から見えて…いや、フィンって……」
「ボクはコレじゃないの〜。フィンって名前があるの〜」
 ヒラヒラとその飛ぶ小人は、そう言って頬を膨らませている。
「フィン。あなたの姿って他の人には見えないんじゃなかったの?」
「そのはずなんだけど〜。えー、パパさんパパさん、ボクの姿が見えますかーなの、どう
ぞなの!」
 チハヤは彼らの会話についていけず、思わず口をぱくぱくと動かして、その小人を指さ
してソレと会話していた妻を凝視した。
「見えてるみたい……」
 苦笑して、ヒカリはその小人を見る。
「じゃあ、自己紹介しなきゃなの。ボクはフィンなの! 新米コロボックルなの!」
 チハヤは口を大きく開けて、そのフィンと名乗るソレを凝視する。
「……僕、徹夜明けで疲れてるのかな…」
「いやいや、幻視でも幻聴でもないから」
 額を抑えて疲れた調子で頭を振るチハヤに、ヒカリがぱたぱたと手を振った。
「幻視じゃないって……、ヒカリは見えてたの?」
「うん。まあ、話せば長くなるんだけどね。チハヤには信じられない…っていうか、信じ
たくない話かもしれないんだけど」
 苦笑する妻の顔と声。彼女はウソをついたり、人をたばかったりするような人種では決
してない事をよく知っているからこそ、その内容にチハヤは脳天をかち割られたような衝
撃を受けた。


「ふー……」
 片手で頭を抱え、チハヤは長いため息をついて椅子に背もたれた。
 信じろというのに無理があるはずなのに。彼女はいたってまじめな顔を信じられない話
をしてくれた。
 …確かに、森にある女神の樹が枯れかかっていた話は知っているし、それが元気よく生
い茂るようになってからここらの土地の状態が良くなった事も知っている。
 けれど。
 彼女を疑いたくなければ、彼女の信じられない話を信じなくてはならない。けれども現
実そんな話を受け入れて良いのだろうかと、葛藤するのは大人として普通だと思う。
「パパさんはここの土地の生まれじゃないっていうし、ボクらコロボックルには馴染みな
いところから来たなら、信じられないのは仕方ないと思うの」
 そう言って、フィンなる飛ぶ物体はひらひらと娘の上を飛んでいた。
 正直、彼と会話をする気にはまだなれないのだが。
「さっき、女神様に何故パパさんにボクが見えるようになったか聞いてきたの。パパさん
はヒカリの事、大好きなんだよね? 一緒にいる時間も多くなったし、なの。だからなの
って、女神さま言ってたの」
「…………………」
 どうしても返事をする気になれず、チハヤはいぶかしげな目つきがやめられないまま、
椅子の肘掛けに肘をかけて、ほおづえをついてフィンを見た。
「パパさんは、ヒカリの影響をたくさん受けているからって。ね、パパさん。ヒカリには
不思議な力があるでしょ? 出会った人、おしゃべりした人、一緒にいる人達を変えてい
く不思議な力が」
 その言葉には同意するものの、この物体に同意する気になれずに、チハヤは口を閉じた
ままだ。
「だから、ヒカリの力がもっと影響すると、ヒカリの仲の良い人達もそのうちボクの姿が
見えてくるだろうって、女神様、言ってたの。パパさんがその中でも第一号なのは、ヒカ
リが大好きな人だからだろうって」
「……………………」
 フィンの言葉にやや顔を赤らめて、それをごまかすためにチハヤは思わず目を閉じる。
「どんな人でも、どんなにボクらの存在を信じない人でも、いずれその人をヒカリは変え
ていくだろうから、だから、どんなにパパさんがボクの事を信じられなくても、いずれ、
しっかり見えてきちゃうだろうって。それが、昨日だったって、だけ…なの…。……その、
遅いくらいだったって、女神様……」
 自分の存在を必死で否定しようとしているチハヤの瞳が悲しくて、フィンは必死に言い
募った。
「だから、だから、その、ボクはずっといたんだって、こと、なの。前からいたの。ボク
は。幽霊じゃないの。コロボックルなの。新米で、たいした事もできないボクだけど、コ
ロボックルで、その、見える人と見えない人がいるってだけで、ここにいない…ってわけ
じゃない…の」
 そこまで言って、フィンは悲しげに顔をうつむかせる。
 自分の存在に気付いてくれない事に、寂しさを覚えた事など一度だけではない。それで
良かったと思った事だってあったけれど、やはり会話できる人の少なさは寂しかった。ま
してや、フィンとしてはヒカリの夫として随分身近に感じていたチハヤのあの瞳は悲しか
ったのだ。
 チハヤはやけに長いため息をついた。
「……ごめん。今まで見た事なかったし、そういうの、信じる性分じゃなかったんだ」
 その言葉に、フィンは顔を上げる。チハヤは椅子から立ち上がった所だった。
「……けど、信じるしかなさそうだ。ライラちゃんや、ウチの犬も君の事が見えてるみた
いだし。……僕だけがここで君を見えなかったみたいだね」
「……え?」
 疎外感は、フィンだけのものではなかったのかと、ふと気付かされる。
「……まあ、今までが今までだから、うまく君と接する自信はないんだけどさ。……でも、
ヒカリと結婚したなら、君とも付き合わないといけないみたいだし? ……その、よろし
く」
 ふっと苦笑いして、チハヤはフィンに向かって手を差し出した。
 フィンはそのチハヤの行動にぱあっと顔を明るくさせて、彼の手に飛びついた。
「よろしくなの! パパさん、よろしくなの!」
 しかし、彼女と結婚してから驚かされるばかりの日々だったけど、これからもそんな日
が続きそうである。

 存在を信じてなかった神様や女神様に、チハヤが会う事になるのは、まだ、先の話…。


                                                                     END






























途中まで書いて、途中で放ったらかしにしていた話です。こういうオチにするつもりだっ
たのかちょっと記憶が曖昧なんですが。ただ、ゲームで結婚相手と散歩した時に女神様が
あんたとの結婚相手は私が見える云々〜なセリフがあったような記憶で、書きだしたつも
りだったはずなので、多分こういう感じのオチになる予定だったような〜?
途中で止まってた理由ってのも、巨大アロワナ釣り上げて〜って、ソレ、本当に持って帰
れるの? という現実に考えてしまったためのものでした。そんだけになったアロワナっ
てどんだけ重いんだよ、とか。いくらゲームつっても、んなデカいアロワナ運んだりさば
いたりって、そのへんに置くのも大変じゃんって…、どうしようか…で止まったはず。ま
あ、書くの再開させた時はもういいやってんで、そういう考えは切り捨てましたが…。ゲ
ームでは気にならない所も、小説にして多少なりの現実感を持たせようとすると、その矛
盾に困ってしまうのは二次創作の辛いところ…。
題名は毎度の事ながら適当なんですが、チハヤの絵を描いてたら、コレで良いかと。とい
うか色々とありえない感じのチハヤになった気がします。
娘の名前は特に決めてません。ライラちゃんって呼ばせてますが、特にこれといった理由
も無くあいうえおのあとか、その程度です。犬の名前も決めてません。
というか、牧場物語でメシの描写を書いてて思うのですが、酒飲めよ! 肉食えよ! と
思わずにはいられません…。特に肉……。カクテルって厳密に言えば酒とも言い切れない
呼称なので、見え隠れする大人の事情にちょっとイライラしてみたり。まあ、酒は良いん
ですけどね。カクテルであってもそのグレーゾーンの存在があるんで…。しかし肉にいた
っては……なあ……。乳牛だってさあ……あれさぁ……。